1曲しかなければその1曲を大事にくり返し聴く。
10曲しかなければその10曲を大事にくり返し聴く。
だけど1000曲が小さなボディにまるっと収納されて、
いつでもどこでも気軽に聴けるとなったら、
もうどの1曲もたいして大事じゃなくなる。
たいして大事じゃない1曲は、
それが1000個あってもたいして幸せじゃない。
大人になった時にそのことに気づいた。
一ヶ月のお小遣いを全部使って買った
一枚のアビーロードを
学校サボって一日中聴きながら、
「レコード店がまるごとわたしのものだったらいいのに」と思ってたけど、
大人になって自分の収入でレコードを10枚とか一気に買うと、
聴き方も感じ方もイイカゲンになって、
結局一ヶ月に一枚しか買えなかった時より不幸せな感じになった。
だけど、幸福感を味わうために、
便利 → 不便
贅沢 → 質素
この逆行ができる人はなかなかいない。
わたしもできない。不幸だとわかってても。
紙の本が大好きで、
紙で読むのとディスプレイで読むのでは
脳の入るとこが明らかに違う!
と思っている紙信奉者のわたしでも、
本屋さんで本を買いあさることをしなくなった。
だって家が倉庫みたいになっちゃうんだもん。
ダンボール10箱単位で何度売っても、
また同じだけ増える。
ほとんどの本は二度三度読み返したりしないのに、
死骸ーだけがふえーていくー
わたしーの部屋の中にぃぃーーーーー
たぶんiPadはむちゃくちゃ便利だろう。
旅の時も、重い本を何冊も持っていく必要ないし。
家も狭くならないし。
本を読む楽しみは激減するだろうけど、
それでも便利には勝てず、
みんなその手のもので本を読むようになるんだろう。
今までの時代の流れを見る限り、
確実にそっち方向にいく。
わたしも。
データ売りになったら、当然それだけではすまなくなって、
絵が動いたり、音が出たり、
読者が展開を選択できるようになったりして、
ゲームとの境界線がなくなって、
文章だけの作品は「素材」扱いされるようになっちゃうかも。
低い方へ低い方へ、
楽しくてキャッホーで不幸な方へ、
みんなで雪崩をうつように落ちていく。
わたしも。
考えてみればアナログ盤がCDになった時に、
もうそれは始まっていた気がする。
CDって、物としての魅力に欠ける気がする。
紙ジャケとか頑張ってるけど、
重く冷たく、黒光りする大きなアナログ盤を
ジャケットから取り出した時の
「ああ! 新しいアルバムだあ!」
という感動はなく、
最後まで聴かなくてもまいっかー
という気軽さがつきまとっている。
大事にされない女になっちゃダメよって
あれほど言ったのに。
と言われてしまう女のように。

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